夕食後、体調が急変する
インド旅行の2日目早々にして、現地民が食べる庶民のカレーに挑戦した。
正直何かもわからないトッピングをお勧めされるがままに受け入れた。
値段は忘れたが、とにかく格安だったと思う。
仕上げに暖かいチャイも飲み、満足しながら宿に帰った。
ものの2時間後くらいだろうか、会話するのが辛くなってくる。胸がムカムカして吐き気を催して来た。あっという間に嘔吐の連続が始まり酷い下痢に苛まれる。その時の直感としてチャイが原因だと考えていたが、後からカレーかもしれないと思うようになる。どのみち何が原因だったかなんて特定できない。身体も熱くなり頭も朦朧としてきた。
腹痛・下痢・嘔吐・発熱のコンボである。
Sはおいおいマジか勘弁してくれという感じだ。
急ピッチで病に倒れ、Sの病人レベルを一気に追い越した。
ひたすらトイレとベッドの往復。日本から持ってきたトイレットペーパーがすごい勢いで減って行く。脱水症状にならないように水分摂取を心がけるが身体から水分が全て放出されそうだ。下痢なんだけどもう出ないみたいなミイラ状態。
ベッドに横たわりながら部屋の隅に歩くコオロギや壁を這うヤモリを見つめていた。幻覚ではなく実際に存在する。陰気臭い臭いと湿気にまみれた部屋。しかも蚊だらけなものだから蚊取り線香を炊くのだが、その煙も相まってますます頭痛が酷くなるという最悪のコンディションで眠ることとなった。
耐えきれず助けを求める
眠れない。
深夜、熱と下痢は続く。おさまらない嘔吐にのたうち回る。もう旅どころではない。
いきなりインドのややこしい病気にかかってしまった。(この時は食中毒と思っていない)
上からも下からも壊れた水道管のように水分が出ていく。部屋の臭いが耐えきれない。
雨に濡れた靴下が臭くなったような臭いが部屋中蔓延してる。
もう限界だ。限界すぎる。緊急で医者を呼んでほしい。
このままでは死ぬかもしれない。
眠っているSを横目にそっとドアノブを左に回す。
よろめきながらカウンターの女性に助けを求める。
「助けてください。身体の調子がものすごく悪いんです。」
もう午前3時か4時頃だ。こんな時間に病院にも行けないだろうし病院に連れて行けというつもりもない。ただ、誰かに頼るほかなかったのだ。
そうすると女性は、心配そうにしてくれた。
「わかった。大丈夫なの?部屋で待ってて。」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
部屋に戻るとまた嘔吐と下痢を繰り返した。
もうこのまま謎の奇病で死ぬのではないかなと思い始める。
(トントン)
ドアを開けると、ジュラルミンのようなブリーフケースを持った真っ白な服を着ている真っ黒な人間が立っていた。黒すぎて顔が見えないが歯だけが白く光っている。失礼だが怖い。しかしお医者さんが来てくれたということだろうか。こんな夜中にこんなに早く。
男を部屋の中に入れた。
そしてゆっくりと症状を伝える。できれば注射は避けたい。こんなわけのわからないところで針を打ったら何かに感染してしまいそうだ。だがこのままでもやばそうなので何でも受け入れようという気になっていた。さぁ、これから自分はどうなってしまうんだろうか。
ここでSが起きる。わけのわからない状況に慌てふためき飛び起きたようだ。
「誰やお前!」
「大丈夫。調子悪いの耐えられなくて俺が呼んだんよ」
後で聞くと、強盗かテロリストに侵入され、襲われていると思ったようだ。
あやうくSが殴りかかるところだった。元ヤンキーだけはある。
「そんな(体調)悪いんか。これやからジャク(弱)いやつは困る」
とか言い始めた。
うう・・・確かに最初に空港でSにあった時、「俺はあんたみたいに弱くないから大丈夫」とか言っていた。明らかにちょっと前まではSの方が病人だったはずなのに、こんなにも一瞬で立場が逆転するとは・・・
胡散臭いお医者さんは、胡散臭いブリーフケースを開け、中から胡散臭い白い錠剤を取り出した。何の薬かもわからないし、何故かパッケージがないハダカの錠剤である。
それを一錠差し出して来た。
もう現状打破するには何かしら変化を与えるしかないのでそのままそれを飲むことにした。
Sは恐ろし気にそれを見ながら「やめた方がええって」を連呼指定と思う。
「ええいっ!ままよ!」とにかく勢いでその錠剤を飲み込んだ。
錠剤の効果が出たのか、出すものを全て出し尽くしたからかわからないが、何とか眠りにつくことができた。
カレー恐怖症・食欲不振になる
翌朝、無理をしてでも朝食を取ろうと外へ出た。どう考えても体調は最悪のままであるが、食欲がないからといって食べないと栄養不足で更なる悪化を招くことが予想される。
昨日よりは少し難易度を落として英語のメニューが置いてある店に入る。今思えば英語はインドの公用語でもあるので、英語のメニューが置いてあるかどうかでミーハーな店かどうかを判断するのは的外れだったかもしれない。
店に入った瞬間にカレーの臭い。とんでもないカレー臭である。
それだけで吐きそうになった。
メニューを眺めてもカレー以外の選択肢がないので朝っぱらからカレーを注文せざるを得ない。運ばれてきたカレーを舐めてみた。ウゥプ・・・
昨日の惨劇がフラッシュバックしてきていきなり嘔吐!!体調が悪いということもあるが、普通にカレーそのものがまずい。塩味でコクもなくスープっぽい。
チャパティというナンのようなパンのような物体がテーブルに直接置かれている。チャパティは全粒粉を塩や水を加えて捏ねた生地を焼いたものであり、見た目はクレープみたいなものだが、皿にも盛らず無造作にテーブルに置いてしまったらこれもばい菌だらけだろうし冷たいし堅いし全くかじる気にならない。
ちなみにインドカレーのお供としては、ナンのイメージがあるが、本場インドではほとんどの人が普段はナンを食べないようだ。ナンは原料が精製小麦粉で生地を発酵させてタンドール窯で焼き、ふっくらとさせる。ナンの方が贅沢品であり、タンドール窯も一般家庭にないことがナンが普段食べられていない理由だそうだ。
本来は美味しいものだったのかもしれないが、ただただ店から出たいという気持ちにしかならないほど吐き気が収まらない。これでは観光などできるはずもない。
辿り着いた病院で診察拒否される
気力を振り絞り、風の宮殿(ハワー・マハル)へ行こうとしたが、ヘロヘロになる。数歩進んだだけで速攻リターンして病院を探すことにした。まず地図で病院のマークを探す。
なるべく近くで、なるべく大きなところを選ぶ。リキシャ(人力トゥクトゥク)を使うとよからぬところへ連れて行かれるのは目に見えているのでバスを使うことにする。臭いと揺れは今の体力では避けたいけれど行き先は担保されているのでマシと言える。
何度も車掌に地図を見せて確かめながら乗る。
頭痛もするし地獄のようだが、乗車中も何度も降り場所に近づいたら教えてくれと確認を入れ続けていたこともあり、無事目的地で降りることができたようだ。
予想通りの大きな病院だ。
それはよかったが、やはりここでもたらい回しが始まってしまう。
こんなに具合が悪そうなやつに対しても容赦なくたらい回すのか・・・
友人Sは黙って侍のようにただただついて来るだけだ。
申し訳ない限りだが、不満を言わないことが何よりの救いだ。
やっと中に入れたが長蛇の列・・・。
はよ・・・はよしてくれ・・・。
もう入院してもよいと思っていた。保険も有効にする方法などわからないがどうでもよかった。すぐに点滴を打ってほしかった。
やっと順番が来た。
ここぞとばかりに症状を訴えた。昨日からやばいことになっていること、カレーかチャイか何が原因かわからないけど、ヒットして、「下痢している、熱もある、吐いている」と。
当時下痢という単語もわからず、「リバースアンドシットがライクウォーター!!」と騒ぎ立てた。だからすぐに注射なり点滴なりしてくれと。
しかし・・・・
何を言っても帰れとしか言われない。あんまりだ。
ここまで来たのに何故なんだと食い下がっていると、説明らしき一言が。
「ここは女性専用病院です。」
え???
周りを見ると全て女性だ。気が付かなかった。なんだその区分は。
最初からやり直しだ。そういうことならそそくさと出るしかない。
受付のときに教えてくれたらいいのに。
しかしもう限界に来ていてバスに乗る気力もない。
地図で調べる気力もない。リキシャを使って連れてってもらうくらいしかできない。
そこらへんのリキシャに声をかけよう。通りで待機しているやつでもなく、あまりガツガツしていないような、欲がなくそこそこ食えればいいという姿勢で仕事をしてりう好青年を探した。
いた。
そしてお願いした。
「お願いだから、どうかお願いですから、僕をここ以外の病院へ連れて行ってください。
知っていますか?大きな病院を。男性が行ける病院を。」
「決してお土産屋さんにも旅行代理店にも行かないでください。僕は病気なんです。」
そう伝えた。
リキシャの青年はわかったとだけ言い、黙って病院へ連れて行ってくれた。
ボッタクリもなかった。感動である。インド人、捨てたもんじゃない。
本当にやばいときはちゃんとやってくれるんだろうか、たまたま人がよかったのか。
とにかく病院に駆け込んだ。
入院か?点滴だけか?
今度はきちんと診察してもらえたが、点滴など不要と一蹴される。
処方箋を出すからすぐに薬局へ行って薬を買え!で終わらされる。
拍子抜けだ。本当に薬だけで治るのだろうか。
薬局へ行くとポカリスエットのような粉と整腸剤のような粉薬をもらった。
「本当は1回1袋だけど、日本人にはキツい薬だから半分にしなさい。いや、1/3だな。」
地球の歩き方の欄外情報かネット情報か忘れたが、確かにインドの薬は効きすぎて下痢も一気に便秘になるとさえ書かれていたのを思い出した。
ただちに飲んでしばらく休憩した。Sよ申し訳ない。
・・・その後数日間かけて安静にすることで徐々に元気になっていくのであった。